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横浜地方裁判所 昭和56年(行ウ)19号 判決

原告 蔵原キヨ子 外二三名

被告 横浜市建築主事 横浜市建築審査会

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(ただし、2項は、原告新井弘、同橋本キミ子及び同田中良平を除く)

1  被告横浜市建築主事(以下「被告建築主事」という。)が訴外近畿土地株式会社(以下訴外会社」という。)に対し、昭和五五年一二月一八日付けでした建築確認番号五四中第七九五号の建築確認(以下「本件確認」という。)を取り消す。

2  被告横浜市建築審査会(以下「被告審査会」という。)が、昭和五六年八月三日付けでした五六建審第二六号の裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告建築主事)

1 原告らの被告建築主事に対する訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告審査会)

1 原告らの被告審査会に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  処分の存在

(一) 被告建築主事は、昭和五五年一二月一八日、訴外会社のした建築確認申請(以下「本件申請」という。)に対し、本件確認をした。

(二) 原告新井弘、同橋本キミ子及び同田中良平(以下「原告新井ほか二名」という。)を除く原告らは、昭和五六年三月三一日、本件確認がされたことを知つたので、同年五月二八日、被告審査会に対し、審査請求をしたところ、同被告は、同年八月三日付けで本件裁決をした。

2  処分の違法性

(一) 本件確認について

(1) 建築基準法(以下「法」という。)一九条四項違反

本件確認に係る建築物(以下「本件建築物」という。)は、急傾斜崩壊危険区域、災害危険区域であつて、過去数回がけ崩れの発生した地域に建築されるのであるから、完璧に安全な措置が講じられるべきである。

しかるに、本件申請によれば、剛性のある場所打ちコンクリート杭の杭打ちが施工されることになつているが、同杭では地震等によつて座屈の可能性があり、また、座屈にまで至らない場合でも同杭の揺れによつてがけ面を圧迫してがけ崩れの危険性を増大させるばかりか、同杭打ちは地下水系をかく乱し、これまで均衡を保つてがけ崩れを防止していた地層が不安定となるため、がけ崩れを誘発しやすくするものであり、安全上適当な措置が講じられているということはできない。

(2) 横浜市建築基準条例(以下「条例」という。)三条の二第二項違反

右条項は、災害危険区域内に居室を有する建築物を建築する場合においては、居室の窓その他の開口部は直接がけに面して設けてはならない旨規定する。しかるに、本件建築物は、がけに面して居室の窓その他の開口部を設けている。

(3) 条例四条の二第一項違反

(ア) 右条項本文は、延べ面積が一〇〇〇平方メートルをこえる建築物の敷地は、幅員六メートル以上の道路に接し、かつ、その道路に接する長さは六メートル以上としなければならない旨規定し、同項ただし書二号は、建築物の敷地が、それぞれの幅員が四メートル以上で、その和が九・四メートル以上の二以上の道路に接し、かつ、その建築物の敷地境界線の一〇分の三以上がこれらの道路に接するときは、道路の幅員は六メートル未満でもよい旨規定している。

(イ) 本件建築物の敷地には、その東側と南側にそれぞれ道路が接している。

しかしながら、右南側に接している道路(以下「南側道路」という。)は自動車の通行が不可能な階段状となつており、かかる階段状の道路は法にいう道路ではない。また、法施行令一四四条の四も、道路位置指定につき、同条一項四号で道の縦断勾配が一二パーセント以下のもので、かつ、自動車の通行が不可能な階段状でないものでなければ、道路位置指定ができないとしており、階段状の道路を道路として認めていない。

(ウ) 法が建築物の敷地の接道義務を定めている趣旨は、災害等の非常時の避難あるいは消防活動に支障のないようにするためであるところ、南側道路と本件建築物の敷地との間はがけ状となつており、災害等の非常時の避難あるいは消防活動が不可能であるし、前記のとおり、右道路は階段状となつているため、自動車の通行、とりわけ消防車の通行は不可能であつて、非常時の避難あるいは消防活動は不可能である。

(エ) したがつて、本件建築物の敷地はその東側においてのみ法にいう道路に接しているにすぎず、本件確認は条例四条の二第一項本文に違反しているばかりでなく、同項ただし書にも違反する。

(二) 本件裁決について

本件裁決には、本件確認が条例四条の二第一項ただし書二号の規定を満たしているとする点について理由不備の違法がある。

3  原告適格

原告らは、肩書地に居住する住民であり、いずれも本件確認に基づいてなされる建築行為に伴つて起こりうるがけ崩れ、地すべり、又は土砂の流出等の発生により、その身体、健康、精神及び生活に関する基本的権利並びに有効な生活環境を享受する権利を侵害されるおそれがあり、殊に集中豪雨、地震などの天災時には、右建築行為によつて、がけ崩れ、地すべりなどが誘発され、ひいては原告らの所有する土地建物及び原告らの生命、身体が危険にさらされる結果となる。

よつて、原告らは本件確認の取消しを、また、原告新井ほか二名を除く原告らは本件裁決の取消しをそれぞれ求める。

二  被告建築主事の本案前の主張

1  本件確認については、被告審査会に対するいわゆる審査請求前置の制度が採用されているが、原告新井ほか二名は、右被告に対する審査請求を経ていない。

したがつて、右原告らの被告建築主事に対する本件訴えは不適法である。

2  本件建築物の建築工事により第三者の土地建物にがけ崩れ、地すべり等の災害を発生する危険はない。杭打ちは既に完了しているが、前記敷地についてがけ崩れは発生していない。原告らの居住地と本件建築物の建築工事の施行される場所との位置関係からしても、右工事に伴う災害発生による原告らの生命身体に対する具体的な危険性を考える余地はない。

したがつて、原告らには、本件確認の取消しを求める法律上の利益がない。

なお、原告らは、本件建築物ががけに面して居室の窓その他の開口部を設けているため、条例三条二項に違反する旨主張するが、右開口部の設置は原告らに対する災害の危険とは関係がない。

また、原告らは、本件建築物の敷地の接道義務に関する違法を主張するが、これも原告らに対する危険とは関係がない。

3  本件建築物の建築は既に完成し、昭和五八年五月一一日に右建築工事を完了した旨の工事完了届が同月一二日に被告建築主事あてに提出され、同月一七日に同被告による検査が行われ、同月三一日付けで検査済証が訴外会社に交付されている。

したがつて、本件建築物が既に完成している以上、原告らは本件確認の取消しを求める法律上の利益を有しない。

三  請求の原因に対する認否

(被告建築主事)

1 請求の原因1(一)の事実は認め、同(二)のうち、原告新井ほか二名を除く原告らが昭和五六年三月三一日本件確認がされたのを知つたことは不知、その余は認める。

2(一) 同2(一)(1)のうち、本件建築物が急傾斜崩壊危険区域、災害危険区域内に建築されることは認めるが、その余は否認する。

(二) 同2(一)(2)の事実は否認する。

(三) 同2(一)(3)(イ)のうち、本件建築物の敷地には、その東側と南側にそれぞれ道路が接していること及び南側道路が階段状であることは認めるが、その余は争い、同(ウ)のうち、南側道路と本件建築物の敷地との間ががけ状となつていることは認めるが、その余は争い、同(エ)は争う。

3 同3の事実は否認する。

(被告審査会)

1 請求の原因1(二)のうち、原告新井ほか二名を除く原告らが昭和五六年三月三一日本件確認がされたのを知つたことは不知、その余は認める(ただし、本件裁決をしたのは同年七月二八日である。)。

2 本件裁決に理由不備の違法があることは争う。

四  被告審査会の主張

本件裁決は、条例四条の二第一項ただし書に規定する道路について、原告ら主張の解釈を採らないとの理由を示しており、原告ら主張の違法は存しない。

五  本案前の主張に対する原告らの認否及び反論

1  二3の事実は認める。

2  共同訴訟人の一人が同一事実に基づき審査請求をし、裁決を経ていれば、他の共同訴訟人が裁決前置の手続を経ていなくても、既に同一処分について行政庁に考慮の機会を与えているのであるから、原告新井ほか二名の本件確認の取消請求は適法である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求の原因1(一)の事実、及び同(二)のうち、原告新井ほか二名を除く原告らが昭和五六年五月二八日、被告審査会に対し審査請求をし、同被告が本件裁決をしたことは、いずれも各当事者間に争いがない。

二  本件確認の取消請求について

1  被告建築主事は、原告新井ほか二名が被告審査会に対する審査請求を経ていないから、同原告らの本件確認の取消しを求める訴えは不適法である旨主張するので、まずこの点について判断する。

法九六条が裁決前置主義を採つている趣旨は、裁判所に当該処分の取消しの訴えを提起する前に右処分の当否につき、建築審査会の審査を行うことにより右処分を是正する権限ある行政庁に再考の機会を与えるというものである。したがつて、原告新井ほか二名を除く原告らが、本件確認につき、被告審査会に対し審査請求をし、本件裁決を経ている以上、同原告らと本訴において主張を同じくする原告新井ほか二名についても右裁決前置主義の法の要請は満たされているというべきである。よつて、原告新井ほか二名の本件確認の取消しを求める訴えについて不適法であるということはできない。

2  次に、被告建築主事は、本件建築物の建築が既に完成したから、原告らは本件確認の取消しを求める法律上の利益を有しない旨主張するので、この点について判断する。

法六条の建築確認の制度は、建築物の建築計画が建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築関係法令」という。)に適合しているか否かを事前に審査することにより、違反建築物の出現を未然に防止しようということにあるから、一定の建築物を建築しようとする建築主は、当該工事に着手する前に、その計画が建築関係法令に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならず(六条一項)、確認を受けずに工事をすることはできないとされているのである(同条五項)。

このように、建築確認は、工事着手前において建築計画が建築関係法令に適合するものであることを公権的に判断する行為であり、それに伴つて、当該確認に係る建築物について建築工事をなし得るという効果がもたらされることになる。したがつて、判決によつて建築確認が取り消されると、右の効果が排除され、建築工事をすることができなくなるから、同工事の施行を阻止することによつて回復すべき法律上の利益を有する者は、建築確認の取消しを求める訴えを提起することが許されるが、建築物が既に完成したときは、もはや阻止すべき建築工事が完了しているのであるから、当該確認の取消しを求める訴えの利益は失われるというべきである(したがつて、建築完了後においては、法九条一項の是正命令をまつか、損害賠償請求などによるほか救済の方法がなくなるが、両者はいずれも建築確認の取消しを前提とするものではない。)。

しかして、訴外会社から被告建築主事に対し、昭和五八年五月一二日に本件建築物の建築工事を同月一一日に完了した旨の届け出があり、次いで、同月一七日に右届け出に係る工事について検査があり、同被告は訴外会社に対し、同月三一日付けで検査済証を交付したことは当事者間に争いがない。

してみると、原告らが本件確認の取消しを求めるにつき原告適格を有するか否かはさておくとしても、右のとおり本件建築物の建築が既に完成している以上、原告らは本件確認の取消しの訴えの利益を失つたものといわなければならない。

三  本件裁決の取消請求について

本件のように本件確認とこれを維持した本件裁決の取消しを同時に求める訴えにおいては、前記説示のとおりの理由によつて、原告らが本件確認の取消しの訴えの利益を有しない以上、本件裁決の理由が不備であるとして同裁決の取消しを求めることの利益もまた存しないものというべきである。

四  結論

よつて、原告らの本訴請求は、いずれも本案について判断するまでもなく、不適法な訴えとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 古館清吾 吉戒修一 須田啓之)

当事者目録〈省略〉

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